九州でのトレイルランニングフォーラムに参加した。午前中は福岡に本社のあるYAMAPのオープニング・トーク、その後気候変動に関するシンポジウムが開催された。YAMAPはIT×自然の中では50人を越える従業員を抱える尖った会社である。登山に欠かせない位置情報を提供するだけでなく、登山者のコミュニティーを形成することを目指す、その成果として得られた膨大なルートを安全登山に活用する試みにも注目していた。起業家らしい概念的トーク、技術的なトークも面白かった。
午後、地図読み講座をやる予定になっていた私はちょっと心配になった。このトークを聞いたら誰も僕の講座を聴きに来ないんじゃないだろうか?結果は杞憂で、2コマのセッションで合計100人くらいの人が地図読みの話を聞きに来てくれたのだから、参加者も、「スマホ・タブレットだけではだめだ」と分かっているのだろう。しかし、大事なことは「なぜダメか?」
講習の前半で、登山で何のために地図を読むのかという話しをした。事前のプランニング、移動中の先読み→ルート維持→現在地の把握、これら1ステップづつをサイクル的に実行することで間違いなく効率よく現地に着くことができる。決っしてけちを付けようとしているのではない、と前置きをして、「YAMAPでできるのはどれでしょう?」と問いかけた。現在地の把握、これは確実にやってくれる。ではルート維持は?カーナヴィと違ってその機能はほぼない。もちろん、ルートを外せば現在地が予定ルートから外れていくから結果的にルート維持はできる。だが効率的とは言えない。先読みはもちろんしてくれない。事前のプランニングもできない。また、緊急事態や予定変更を余儀なくされて、戻るべきか進むべきか、あるいはエスケープすべきかを判断する時、事前に地図を広範囲で把握しておけば、予定外のルートも速やかに計画できる。戻る/進むの判断も適切にできるだろう。
ツールの特性、そして自分の身を守るためにすべきことを明確にして、はじめてツールが最大限かつ適切に利用可能になる。同じことは、防水透湿素材についても言える。ゴアテックスを代表とする防水透湿素材のパフォーマンスには盲目的な信頼がある。果たしてこれはツールの特性を把握してのことだろうか?これらの透湿素材の透湿量は最初見たときには「マジか?」と思うくらいの桁外れである。13リットル。完璧でしょ、と思いたいが、単位はなんだろう?/日/平方メートルである。つまり1日あたり、生地1平方メートルあたり13リットルである。それでも凄いが、まず一日の行動時間をたとえば6時間、アウターの上の面積をざっくり1/2平方メートル、割り算をしやすくするため透湿量を12リットルとしよう。この生地が最大のパフォーマンスを発揮した場合、12÷2÷4で1.5リットルだ。つまり着用中にこのアウターは最大1.5リットルの水分を出すことができる。一般に登山では体重×時間×5(ml)の水分補給が望ましいとされている。この全てが汗という訳ではないが、仮に1/2とすると、体重60kgの人が6時間に発汗する量は900mlとなる。十分1.5リットルに収まっているように見える。
しかし、そもそも13リットルという透湿性能は日本工業規格のテストによって得られる。それによると、生地の一方で相対湿度条件下90%で、生地の反対側で吸湿剤で吸湿する条件でどれだけ水分が通過するかというテストで計測されている。計測法はいろいろだ、いずれも、生地の表裏でかなりの湿度差がある条件で計測されている。一方で、実際にレインウェアが使われる環境はどうだろう。身体の側が仮に100%であったとしても、外側の湿度もかなり高い。梅雨時であればほと100%に近い条件もあるだろう。このような条件では透湿のパフォーマンスはかなり落ちることが予想される。控えめに半分と見積もっても、1.5リットルは750mlとなり、発汗量を全て排出することはできない。150ml、つまりコップ1杯分の水を衣服内にぶちまけたのと同じだけの水分が残る計算になる。
ツールの性能は機械的なものだから、利用者の気持ちを忖度し性能を高めるということはありえない。ツールの性能を知れば、やはり過信をしてはいけないということが理解できるだろう。これもまた、主体的、自律的に自分の身を守ることの一つなのだ。