平成最後の大イベントUTMF(富士山一周100マイルレース)が終わった。27時間のところでレース短縮決定、フィニッシュまで到達したのが100名弱という残念な結果には終わったが、安全管理上の意志決定については概ね選手・関係者からは肯定的な評価を頂いた。標高1600mを超える降雪3cmの真夜中の杓子岳を、冬山の経験が必ずしもあるわけでもないトレイルランナーに踏み込ませる選択はなかっただろう。反面、それほど過酷ではなかった富士吉田でレース短縮となった選手には残念な思いが残ったと思うと心苦しい。
アルパインクライマーの馬目さんは、「合理的に考える力があれば、敗退は難しくない」と、「退く勇気」を否定する。僕も同感である。今回のUTMF短縮について「苦渋の選択だ」と労ってくれる人がいる。しかし、渦中にいた人間から見れば、状況ははっきりしていた。私自身は決断が難しいと感じることはなかった。それでもいくつかの準備された必然、そして偶然が決断を容易にすることに寄与したことは確かだ。数年前から安全管理のために日本最強の山岳ガイド長岡健一さんにチームに加わってもらったこと。長岡さんは大したギャラでもないのに、当日の救助活動はもちろん、事前に全ての山域を把握するといった情報収集力を発揮して、もしもの時に備えてくれた。
当日の気象状況の変化も、偶然のもたらした幸運だった。12時ごろ、雷注意報が出そうな警告が天気予報サイトで発表されていた。いち早くそれに気付いた長岡さんのアラートで、注意報が出された時の対応を考え始めていた。注意報で止める必要はないから、これは難しいことではない。それでも、日英中三カ国語で警告メッセージをSMSに出すにはそれなりに時間が掛かる。その時、可能性は低いが警報が出たらどうするかについても協議をしていた。落雷で遭難に遭うのは年間3000人の遭難中0.1%程度に過ぎないが、現代の社会状況的には警報時の継続は考えられない。この時、「警報が出たら最寄りのエイドで1時間の中断、1時間後に警報解除されなければレースは中止、と決めていた。後から考えると、この時、そこまで踏み込んで想定していたことが、後のスムースな意志決定の下地になった。実際13時に、注意報発令に対する警報をSMSで発信した。担当の女性からは「あー、30万円が・・・」と嘆かれた。
リスク回避の決断を鈍らせる最大の要因は、それによって発生するコストである。やはり日本を代表するアルパインクライマーの山野井泰史氏は、遭難しかけたK2登山では、自分たちが費やしてしまったコストに対する醜い執着があったと回顧している。UTMFでも、もしレースを中止すれば途中でレースを終えた参加者を輸送するためのバスの手配、完走者をどのように定義し、彼らに対してどのようにフィニッシャーズベスト(完走賞品)を渡すかといった問題が発生する。それらは安全管理とは本来直接には関係ないが、レース中止のコストとして安全管理に影響を与えかねない。合理的にはおかしなことだが、人間の意志決定はそれほど合理的ではないことは認知心理学者が嫌というほどの実験結果を出している。幸いなことにレースは中止ではなく、途中の距離に応じた「レース」として記録認定ができることを実行委員が知っていたことで、このコストを気にすることなく、意志決定することができた。気象状況による「中止」の必要性を一番感じていたであろう長岡さんが、これを聞いた時、「あ、それなら安心して中止できる」と語ったのが印象的だった。現場での臨機応変な意志決定を阻害しない制度は、アウトドアの安全において非常に重要だと言える。
短縮により途中でレースから離れる参加者をどう輸送するかというロジスティックの問題も意志決定に大きく影響する。秋開催による天候不良に何度も対応してきた実行委員会としては、その対応能力は十分に高まっていた。短縮に伴うエイドからの輸送に対応したバスの手配は、限られた資源の中で比較的スムースに実行することができた。2010年にUTMB(ウルトラトレイル・モンブラン)を視察に行った時、30kmでの中止後の臨機応変な対応に驚愕した(注1)。それに追いついたとは言えないが、7回にして不測の事態に比較的スムースに対応できる力を実行委員会が身につけたことは感慨深い。
注1:この年、UTMBは、最初の峠越えの悪天候の予想のため、スタート後たかだか30kmのエイドで中止となった。深夜に決まったこの中止数時間後には、翌朝イタリア側の都市クールマイヨールスタートで半周レースが行われることが公表された。先着1000人に対してバス輸送の提供があることも同時に公表された。