2007年
3月
26日
月
地形図を読む時に、等高線が一番難しい記号であることは誰もが感じているし、それを読み取るために、1)ピークをみつける、2)ピークから外側に向かって凸になっている等高線が尾根だ、ということは、ほとんどの読図の本に書いてある。でも、実際に山の中で指導をしてみると、それだけでは不十分だということがわかってきた。上の手続きによって、ある点が尾根だということはだいたい分かる(それでも、実際の複雑な地形図では、紛らわしいこともしばしばある)。
問題はその尾根がどう連続しているかだ。移動する時にも、現在地の同定の時にも、尾根がどのような方向を持って連続しているかは、ある点が尾根であるということ以上に重要な情報だ。この時、等高線の凸部分をつないで、尾根線を把握しなければならないのだが、実際の地形図の中では、この「凸部分をつないで尾根線を把握する」という作業が、実はくせ者なのだ。
分かりやすさのため、具体的な例を出そう。図のような尾根で、上部はわかりやすい。だが、a点から尾根線をどちらにつなぐべきかの判断が読図初級者には難しく、その結果、そのまま点線の方向に結んでしまったりする。一方上級者は、こんな場面でも難なくbc点の方向に尾根線を結べる。おそらく上級者の中には、「次の等高線の中でなるべく近い、曲率半径の小さい部分に尾根線が続いているという暗黙の知識があるのだろう。尾根の配置を把握する重要性を指摘しながら、僕自身講習会の中で、この点を十分に言語化できていなかった。
初心者の講習会をやって、彼らの間違いを実際に見てみなければ、なかなか「曲率半径の小さい部分に尾根がつづいている」という見方を意識することができなかっただろう。その反省に立って、今回(3月24日)に開催の講習会では、この点を強調してみた。数年間で何度も初級者向けの読図講習会を開催することで、読図スキルの構造をより深く意識することができるようになった。そろそろその成果を、6年前に発行して好評を博した「最新読図術」に生かして、改訂版を出してみたくなった。
2007年
2月
13日
火
野外活動指導者が活動の中で遭遇する危険に対してどんな意識を持ち、どう意志決定するかを研究している。野外活動では危険をゼロにすることはできないのだから、危険を予知し、そのなかで本当に避けなければならない危険が何かを区別する評価能力が求められる。その課題の一つとして、地形図に示した登山コースにおける危険をリストアップするというものを行っている。
経験のある指導者が、そこからかなりの危険を読み取れることは当然だが、対照に調査している教育学部の学生の読図能力は、正直いただけない。社会の免許を取る学生でも、どこが険しくて滑落や転倒の危険がありそうか、「大雪渓」という文字があるが、そこでどんな危険があるかをうまくイメージできないものが多いのだ。等高線や崖の記号を読み取れれば、コースの険しさも分かるはずだから、そこで発生しがちな危険も分かるだろう。事前にじっくり地図を読んでおけば、地図で表現されたものが実際どうなのかということへの関心も高まるのではないだろうか。
社会科の授業や特活で、遠足や林間学校の登山と関係づけて、地形図を使って「危険箇所の予知」を生徒に要求すれば、現実の行動と結びついているので、地図読みの必然性も高く、モティべーションも上がるだろう。地形図からの読解のトレーニングにもなるし、登山の危険についてより主体的に考えるという、一石二鳥の効果が得られるのではないだろうか。
2007年
2月
08日
木
今年もセンター入試には、地図を使った多くの問題が、複数の科目で出題された。例年読図問題が出題される地理はもちろん、日本史、理科総合でも地図からの読み取りを主題とした問題が出題された。
地理AとBでは1971年と2003年の1:25000を比較して読み取れることを問う問題が出題された。これは普通に地図記号が分かっていれば分かる問題で、記号に関する知識を問うだけのつまらない問題だった。
複数の年代を比較しての読図は最近はやりの形式で、日本史Aでも出題されている。むしろこの問題の方が、地図上に書かれたことから、もう一歩推論を要求しているだけ、いい問題だと思う。
昨年に引き続き理科総合Bにも、読図力を要求される問題が出題された。この問題は、等高線によって描かれる地形に関するイメージを要求するという点で、地理以上に地理的な問題ではないかと思う。地質図を読み取る問題なのだが、私自身地形を考慮にいれずに、ひっかかってしまうところだった。尾根・谷の形状やそれが流水に与える影響をイメージする力がないと、うまく解けない「地理的な」良問であった。
2007年
2月
07日
水
前回に続いて、文部科学省登山研修所の専門調査委員会の話をしたい。
同委員には今年初めて就任したこと、本年度2回ほど講師を務めた関係で、出席した。行政の開催する委員会には過去何回も出席しているが、事前に用意された資料がそのまま承認されるパタンが多く、正直面白いものではない。今回もあまり期待していなかったのだが、本当に「忌憚なき」意見が出て、結構面白かった。
現在登山研修所は、遭難対策研修として、消防や警察の救助隊関係者を集めての研修を行なっているが、ある委員から、「そういうのはそれぞれの機関が研修をやっているのだから、登山研修所は、現代の遭難の状況にあった、防止面に力点をおいた研修をもっと増やしたらいいのではないか」という意見が出された。研修所側は、この意見に対しては消極的だったが、現在の山岳遭難の多くは、中高年が難しくもない山域・ルートで起こす「軽い」ものである。それらを防止するための啓発活動や教育は、今後の同所の重要な役割となるという意見には納得できる。
毎年7月に共催で行なわれる全国遭難対策協議会でも、商業セクターの参加を促してはどうかという僕の意見に対しても、この委員は賛意を示してくれた。遭難の多くを占める未組織(団体に加盟していない)の登山者にもっとも接点があるのは、出版やアウトドア用具メーカー、ショップである。実際、遭難防止に対する意識を持つメーカーもあるし、出版などでもたいてい年1回は遭難の特集を組んでいる。遭難の防止を考える上でも、商業セクターが果たしうる役割は大きいはずである。
商業セクターを巻き込むことで、現在の「守り・助けてやる」遭難対策から、「登山者自ら防止する」遭難対策へという、真の自己責任への転換ができるのではないだろうか。
2007年
1月
18日
木
本年度から、文部科学省登山研修所の専門調査委員になった。年1回、委員会が開かれ、当該年度の事業の報告と次年度の計画予定が示される。その資料が最近送られてきた。まあ、委員といっても、提示された資料に当たり障りのない意見を言うくらいで、権限がある訳ではないのだが。
資料によると、同所は年間10回の研修事業を主催している。その対象は大学生リーダーから社会人、指導者にまで及ぶ。昨年までの状況がよく分からないが、記述を見ると、今年の事業内容の特色の一つが読図やナヴィゲーション技術についての研修を大幅に取り入れたことらしい。
5月に行なわれた同所の指導員向けの研修や8月の大学生リーダー研修では、私が読図・ナヴィゲーション部門の講師を務めたことは既に報告したが、とりわけ5月の研修を受けた指導員が、その後の研修で指導に当たる際に、読図やナヴィゲーションを積極的に取り入れたということが報告されていた。また、集団登山の指導者研修においても、読図にも力点を行なった講習を行ない、受講生からも好評であったという。
「読図に関する指導方法は登山の世界では未成熟な分野であり」という記載もある。どんな山の本にも地図・コンパスを携行して、しっかり使えと書いてあるが、ではそれをどう使うか、あるいはどんな順序で指導するかという点では、確かに確立した教則はない。同所の指導員たちが、ロープの結び方について飽くなき議論を続けているのと比べれば、読図の指導方法については議論と工夫の余地はいくらでもあるだろう。
登山研修所という、我が国の登山技術の総元締めで読図やナヴィゲーションへの関心が高まったことを喜びつつ、今後の指導法確立や普及の一助となりたいと思った。
2007年
1月
09日
火
十月初旬に六甲山で遭難した兵庫県の登山者がなんと、24日ぶりに発見された。この登山者が一月半ぶりに回復し、退院したニュースが、12月下旬の新聞記事に掲載されていた(朝日新聞12月20日および22日)。
これらの記事によると、発見当時の体温は22度。低体温症以下の体温である。意識はなく、ごく弱い心拍と浅く回数の少ない呼吸が認められていたが、病院到着直後に心肺停止を起こし、救急措置によって蘇生した。人間として考えられないことだが、「冬眠状態にあったのかもしれない」と驚く研究者や救急医療関係者のコメントが紹介されていた。
この登山者は、がけから転落し、骨盤を骨折していたが、その発端は一人で下山しようとして、道に迷ったことらしい。こうした事故は、統計では「転落」として分類されているので、表面には出てこないが、原資料に当たると、意外と道迷い後転落・滑落というケースは少なくない。
私の知る限りでは、道迷い遭難での無事救出例では、18日間というのが日本では最長である。その登山者は、持っていたわさびマヨネーズを食べて飢えをしのぎ、渓流釣りの人に偶然発見されている。「冬眠状態」になったことで、ほとんど食料も飲料もない状態での生存が可能だったのかもしれない。
なお、海外では、遭難後43日目に生還というケースも報告されている。しかも、4000mを越える高地である(シューベルト「続生と死の分岐点」山と渓谷社)。日本人に比べて西欧人の方が皮下脂肪が厚いからなのかもしれない。
2006年
12月
11日
月
11月の中旬に、枚方市へオリエンテーリングの指導に出かけたことはことは、前回のコラムで紹介した。今回は、現地にいくまでのトラブルの話をしよう。
その日東京で19時すぎまで会議をした僕は、19:30過ぎののぞみで京都までやってきた。京都についたのは、9:30ごろだったので、ゆうゆう22時までには、枚方市の駅のすぐそばにとったホテルに着けそうだった。とにかく最近眠らないと不調になるので、その時刻までに着けるのはありがたかった。JR奈良線に乗り、京都の次の東福寺で京阪に乗り換える。東福寺は各駅しか止まらないので、どこかで速い電車に乗り換える必要がある。名前は忘れたが、途中の大きな駅で特急電車の待ち合わせとなった。降りて、路線図を確認すると(図)、特急の線の枚方のところには○がついている。ラッキー、止まるじゃないの。安心して、この電車に乗り込んだ。枚方市までは結構距離があったが、ちと長すぎるんじゃないの、と思っているうちに、見慣れた風景を電車はスピードも落とさず通過し、「次は京橋」だという。はて、枚方市までの間に京橋なんて駅はあったのかしら?路線図を確認すると、それはもう大阪市内じゃないか。
そこまで電車は15分くらいノンストップで走る。仕方がないので、京橋から下りの電車に乗って枚方市まで戻ってきた。都合30分以上のロスタイム。確かに確認したはずだが、と思って京橋で電車待ちの間にもう一度路線図を確認した。枚方市の○の中には▲印が書いてあって、端っこの注意書きを見ると、どうも枚方市の特急が止まるのは朝夕だけらしい。
なんだよ、ちきしょう。分かりやすい路線図にしろ!と怒ると同時に、コラムのネタが一つできたなと思って、路線図を写真にとり、ホテルに向かった。
2006年
11月
24日
金
11月中旬、ある野外活動施設の学生ボランティア13名を対象に、オリエンテーリングとナヴィゲーション技術の講習を行なう機会を得た。こうした学生ボランティアは、多くの野外活動施設で導入されており、その施設で行なわれる子ども向けの自然体験活動で、その世話役として活動する。
活動の中には、子どもたちと山を歩いたりするものもあるはずだから、当然のアウトドア活動に不可欠な道具であるコンパスは全員が持っているものと思い、聞いてみたところ、驚いたことにベースプレートコンパスを持っているのは、たった1名であった。さらに地形図を使ったことがあるかを尋ねたところ、使ったことがあると答えたのは3名に過ぎなかった。一般的に学生ボランティアたちは、アウトドア活動よりもむしろ子どもと一緒に遊ぶことに興味がある。志向性からすれば、地図・コンパスともに身近なものでないことは仕方ないことなのかもしれない。だからこそその育成の過程で、子どもを連れて自然の中で活動するための基礎的なスキルが強調され、またその習得が図られていてほしい。その中には、ナヴィゲーションや読図技術も入っていなければならないだろう。多くの施設での状況を想像すると、不安を感じてしまう。
土曜日は彼らに対して、日曜日は小学校1年から6年の子どもたちに対して、気軽に楽しめるオリエンテーリングを体験してもらった。ボランティアたちは、率直にこれまでオリエンテーリングはつまらないものだと思っていたが、思っていた以上に面白いゲームであったことに気づいたと語ってくれた。また、小学生たちも、屋内の見取り図やセンター棟周辺での1:1000地図を使ったオリエンテーリングに取り組んだ。低学年は、地図を見て行動しているとは思えないものの、地図を整置してこっちの方だよと手助けしてやると、「あった!」と叫んでは駆けだしていった。中学年になると、ある程度は自分で地図を読んでどちらにいくか判断できる。チェックポイントを探して、パンチをしてくるというのが、宝物集めみたいで楽しかったようだ。ある程度の手助けが必要とはいえ、自分で判断し、行動し、達成感を得るオリエンテーリングこそ、現代の教育に取り入れられるべき教材だと、改めて感じた。
2006年
10月
26日
木
今(既に始まっているが、来年の1月くらいまで)、スカイパーフェクトTVのサイエンスチャンネルで、「地図物語」という番組をやっている。「地図がいろいろ」から始まって、測量の仕方、デジタル時代の地図など、地図にまつわる話題を30分12回の連続番組となっている。その第9回が「オリエンテーリング:地図を片手に山野を駆ける」だったので、その制作に関わった。TV番組の作成には何度も関係したことがあるが、科学振興事業財団の助成によって作られる科学番組だけあって、今どき珍しいほどまじめな作り方だった。ややまじめすぎる嫌いはあるが、地図の好きな人にとっても十分楽しめる深さのある番組に仕上がっている。
話を持ちかけられた時は、オリエンテーリングの回が入るのはやや違和感があったが、地図を読むことの科学的研究という視点も入れて、山野での地図読みの技術を紹介した。カーナヴィゲーションにも使われている消去法による現在地の把握や、ミクロネシアのカヌイストたちにも使われているルートを単純化するプランニングのテクニックなども紹介されている。オリエンテーリングの紹介としても楽しめるが、ぜひそういう視点でも見てほしい。これまでのオリエンテーリング紹介とはひと味違った出来になっていると思う。
この番組、隔週月曜日に放映されているようで、オリエンテーリングの回は、おそらく1月最初か次の週の月曜日になるようである。
2006年
10月
23日
月
21日の土曜日に、大学の裏山日本平でロゲイン(大規模なスコアオリエンテーリング)を開催した。元々大学のクラブと地域のオリエンテーリングクラブの交流のために用意したものだが、大学生25人以外にも、OBや地域クラブ、その他一般も合わせて25名以上の参加もあり、50名を越えるイベントとなった。
日本平は、安倍川の河口に堆積した土砂が10万年かけて隆起した丘陵の南半分が海流によって、北半分が流水によって浸食されてできた起伏の激しい丘陵地である。元々の名称「有度山」も、山容がうねうねしているからつけられた名前である(ちなみに有度山は、私が初めて作った地形模型の場でもあり、日本平をそう呼ぶたびに懐かしく感じる)。北側はほりの深い谷が2km以上にわたって丘陵の奥深くまで伸びており、その中にはたけや農家を抱いた里山が広がっている。秋晴れの中、そんな風景の中を走るのも楽しいものだ。
ハイキングをしている夫婦、女性の二人連れ。あるいは農作業に出かける農家の人たち、子ども連れ。様々な人が歩いていた。中には、どう考えても道を間違えているとしか思えない、子ども3人を連れた若者もいる。静大から歩いてきたというが、地図ももたずに、すでに3km近く離れたところを、居場所も分からず歩いているようだった。そこは林道で、すぐに谷の本道に出るので、特に救いの手をさしのべなかったが、彼らはどうやって戻ったのだろうか。
何度か、何をしているのか訪ねられた。50人もの人が走っているのだから、何度か目にして、不思議に思ったのかもしれない。こういう人のいる場所でやることも、オリエンテーリングをPRする一つの方法なのかもしれない。
2006年
9月
26日
火
10月に開催される山岳耐久レースの試走をする友人につきあって、奥多摩駅から大多和峠に登り、大岳山ー御岳ー日の出山経由で武蔵五日市まで夜のトレイルランニングをした。13時スタートで70km余を走るこのレースでは、後半に当たるこの区間は夜の中を走ることになるのだ。道標はほぼ完備されたハイキング道なので、ナヴィゲーションの必要はないのだが、自分自身のトレーニングのため、手に地図とハンディコンパスを持って走った。
今回、何より厳しかったのは、霧が出ていたことだ。これまで何度かナイトナヴィゲーションの経験はあるが、霧の中は初めてだった。霧の中ではヘッドランプの光が霧で乱反射してしまい、目の上から前方に向けて光りの筋が見えるが、その分地面がほとんど見えない。進んでいる方向が道なのかという判断さえできないことがしばしばだった。
もちろん、地形の全体像は見えないから、頼れるのは、自分が周囲より高い場所にいる、つまりは尾根の上にいるということ、そして進行方向だった。大多和峠から大岳山までは尾根はほぼ南東方向に向いているので、時々それをコンパスで確認して、進路からはずれていないことをチェックする。もちろん、そんな限られた情報で居場所や進路に100%の確信を持つことはできない。その不安は、「この方向の尾根は正しい進路に限られる」という厚みのある地図読みに支えられた論理によってねじ伏せるのだ。
夜の移動はナヴィゲーションとしては確かに特殊なものだ。だが、その特殊性の故にナヴィゲーションの普遍的な方法論を浮き彫りにしてくれるのだ。
2006年
8月
30日
水
アドベンチャーレースの装備を購入に、御徒町のアートスポーツに行った。アウトドアスポーツ部門は別館と本館に分かれるほど、昔からアウトドアスポーツ全般には力を入れており、多摩オリエンテーリングの大会などには賞品提供もしている。
今回訪れてびっくりしたのは、コンパスの充実ぶりである。アウトドアの定番であるベースプレートコンパスが置いてあるのはもちろん、その品揃えがすごい。俯角を調整して、全世界で使えるレクタのコンパスがある(DO-315)。スントのリストコンパス(腕時計のように手首につけるタイプ)は一般のアドベンチャーレーサーにも十分役立つものだが、競技的なオリエンティアでないと使わないスントのアロー5、かつてノルコンパスと呼ばれたサムコンパスのモデルが置いてあるのにはびっくり。
売れるんですか?と聞くと、「ごくたまに出ます」という返事だった。売ることが目的ではなく、アウトドアの専門店として、存在する以上は置いておきたい、という志のようだ。「ないのはモスクワコンパスくらいですね」と言って、たまたま持っていた現物を見せると興味深そうにメモに取り、後で調べてみますと、品揃えに意欲を見せていた。
あとはそれぞれのコンパスの適性とか、どんな場面でどうコンパスを使えばいいのかという点も含めて簡単でもいいから解説がついていれば言うことなしだろう。ギアマニアでなくとも、一見の価値のあるショーケースである。
ちなみにある山ショップのオーナーによれば、「コンパスの売れ方は他のギアの1/10ですね」という。消耗品以外は一式揃えるなら、他の装備と同じ数だけ売れねばならないはずなのだが、それだけ売れていないということだろう。かつてコンパスの携帯率について調べた時にも、リーダクラスで4-5割程度の所持率だから、1/10は少なすぎるとしても、登山者全員で見たら、せいぜい5人の一人以下というところだろう。地図はコンパスを持って初めて100%真価を発揮する、という考えがスタンダードになる必要がある。
2006年
8月
29日
火
8月の上旬、世界選手権の帰りにオスロに寄って、郊外の森にマラニックに出かけた。ノルウェーは人口400万人に対して山岳連盟の加盟数が20万人という有数の登山国だ。オスロの周囲にも、ハイキングトレイル縦横無尽に走っている。前半は身体の調子もよく、トレイルランニング気分で、地図は時々見るだけで北に向かって走っていた。
だいぶ走ったころ、右手に急カーブする林道が見えた。そのうちその林道に合流するのかなと思いながら走っていくと、左右に走るトレイルにぶつかる分岐に出くわした。現在地を調べるため地図を取り出してみるが、それらしい分岐が見つからない。いずれも道標で示されているので、地図に水色線で示されるトレイルに間違いないはずなのだが、通っているルート上にそれらしい場所が見あたらないのだ。もっと不思議なのは、ずっと先だと思っていた北教会堂までの距離が0.5kmと出ている。さらに他の目的地への距離が、近いはずのものが遠かったり、遠いはずの物がすぐそばに書いてあったりする。
直感的に、「道標の設置位置が間違っている」と考えた。今いるあたりの沼と似たような名前の沼がだいぶ先にある。そこの分岐と間違えてこの道標を設置したに違いない。山岳連盟に知らせなければと思い、写真を撮ってその場を離れた。こんな間違った道標から、それが立てられるべき位置を割り出したなんて、我ながら大したものだよ。地図のその位置に印を付け、意気揚々と歩き出した。どちらに進めばいいか分からないが、さっき林道があった右の方にいけばなんとかなるだろう。
進んでいって、ほどなくその林道に出た。そこにもやはり訳の分からない距離表示があった。そして林道の配置をみた時、全てが飲み込めた。道標が本来立てられるべきだと思っていた場所に、実際に自分はいたのだ。つまり道標は正しい位置につけられており、自分は思っていたよりも3km近く先にいたのだ。
なんで、こんなことが起こったのだろう。第一にまだ自分はその途中にある林道を横切っていないと考え、地図でその手前の位置ばかりをみていたのだ。そういえば、その林道を横切る時、地図で確認したよ。それを忘れていたのだ。その日使っていたのが、めずらしく1:25000だったというのも原因の一つだろう。ノルウェーの地形は大雑把で、1:50000や1:100000ですら山歩きには十分なことも多く、実際僕もそれらを使うことが多かった。地図上で思ったよりどんどん進んでしまい、どうしても手前を探してしまったのだろう。
最後にあげられるのは、たぶん更年期障害とも言える記憶力の減退である。男性の更年期障害の場合、テストステロンの減少があるという。これが記憶力の減退につながるとされている。またこれと直接関係あるかどうか分からないが、男女には生物学的に空間能力に差があり、これがトランスジェンダー手術によって変化することを示唆する研究がある。更年期という、いわばオスらしさの減少が、空間記憶に何らかの影響を及ぼしていることは十分考えられることだろう。
ひょっとすると中高年の道迷い遭難の隠れた要因として、記憶力の減退は大きな役割を果たしているのかもしれない。
2006年
8月
24日
木
全国山岳遭難対策協議会で講演を頼まれた関係で、他の国の遭難事情をかなり調べた。イングランドやウェールズ、スコットランド、カナダ。いずれも詳細な山岳遭難のレポートがウェッブで見ることができる。
スコットランドのもの(以下のURLにフルペーパーのpdf版のダウンロード可能:http://www.mountaineering-scotland.org.uk/safety/bobsharp.html)は、山の安全についてのメーカーや有識者へのアンケートから、事故の分析、提言など200p以上になるもので、興味深いデータが満載だった。それによれば、スコットランドでは、遭難原因の第一位は「低いナヴィゲーション技術」であり、全遭難の30%近くを占めていた。スコットランドの統計では原因とその結果は別個に集計されており、「低いナヴィゲーション技術」は、当然「ロスト=道迷い」につながることが多いのだが、「滑落」の原因の8.9%にもなっていることも分かる。統計には出てこないが、このあたりの事情は日本とあまり変わらないようだ。アンケート調査からも、ナヴィゲーション技術の低さが重要な問題と認識され、ナヴィゲーション講習の重要性が指摘されていた。
http://www.mountaineering-scotland.org.uk/には、ナヴィゲーションのための12のヒント(うち5つは非常に重要)とその詳細が紹介されている。用語を見ると、オリエンテーリングの影響をだいぶ受けているように思える。こうした「教程」の日本版を作成することは重要なことだろう。
カナダのページ(http://alpineclub-edm.org/accidents/causes.asp)も、事例の詳解があって面白い。ほとんどはクライミング関係だが、事故の報告書もオンラインで購入できる。
気軽に引き受けたこの大会は、行ってみてびっくり。文科省の課長や静岡の教育長も来る盛大な大会だった。その中で基調講演をさせてもらったおかげで、夜の情報交換会でも、多くの人と有意義な情報交換をすることができた。
多くの人が、読図やナヴィゲーション技術に興味を持っている。消防や警察の救助隊のように、それを仕事に使う人たちでも、技術の不足は痛感しており、習得の機会やノウハウを求めているようであった。ミーハーな私としては、富山県警察山岳警備隊の方とお話できなかったのは残念だったが、地元静岡の消防の方から、「是非ナヴィゲーションと読図の講習をしてほしい」と言われ、プロガイド協会の会長の方に興味を持っていただいたのはうれしかった。
さすがに若い警察や消防の隊員が多いビュフェでは、あっという間に炭水化物がなくなって、ひもじい思いをした。
2006年
8月
18日
金
仕事がら、あるいはオリエンテーリングの元チャンピオンという立場上「迷うことなんかないんですよね」とよく言われる。そういう場合は「地図があればね」と答えて、地図も持たずに学生のコンパ会場に出かけていって(しかも、店の名前もうろ覚えだった)、見つけられずに、仕方なくケーキを買ってきて家で食べた話などをする。実際、他にも目的地になかなかつけなかった迷い体験を持っている。いずれも地図を持たずに絨毯爆撃的に目的地を探す羽目に陥っている。
先日(6月22日)に名古屋にいった際、地図を持っていたにもかかわらず迷ってしまった。もっとも地図といってもデフォルメのきつい案内図だ。まず名古屋駅の西口を出たところから地図が怪しかった。目印にされているA薬局が出ていない。地図には駅の端のさらに一本南側の道を入るように書いてあるが、駅の端というのはホームの端なのか、駅前のロータリーの端なのか、イラスト化された地図では判然としない。大通りらしい名前も書いてあるが、そちらにいくと遠回りだし、第一、名古屋に詳しくない私は、通りの名称が出てなければアウトだ。
不安を感じながらも、その通りだろうと思われる通りを進むが、それに沿ってランドマークが一つも記されていないので、十字路は数えて進むが、合っているのか合っていないのか、全く確信が持てない。道の方向が斜めになったところで、さすがに行き過ぎだろうとは思うが、途中にそれらしいホテルは発見できず、仕方なく、大通りに出る。その通り沿いの少し離れた場所にあるランドマークを確認し、そこから順を追って十字路を地図と対応させ、ようやく自分の居場所が分かった。
これからは「正しい地図があればね」と修飾語を加えねばなるまい。それにしても、こういうガイドマップがまだまだ多いのは残念なことである。
2006年
8月
11日
金
問題意識を共有する人との出会いは、多くの考えるヒントを提供してくれる。もう一回登山研修所の話。僕を講師として呼ぶことを思いついてくれたKさんは、国体の山岳競技でオリエンティアを同僚としていたそうで、そのオリエンティアから地図読みの奥深さに目覚めさせられたのだという。
僕が山と渓谷に執筆した読図検定で、Kさんがもっとも評価してくれたのが、a)右斜面、b)左斜面、c)尾根、d)谷の断面図があって、地形図上のあるルートをたどると、abcdがどんな順で現れるでしょうという問題であった。
Kさんくらいの技量の持ち主なら、特に難しく、考える楽しみがあるという問題ではない。進行する向きによって、自分の右手が低いのか左手が低いのかは変わる。両方が低ければ尾根だし、両方が高ければ谷底だ。日本は地形がはっきりしているので、道と斜面の方向をこの程度にとらえるだけでも、ずいぶん道迷いの発端を予防できるはずだ。そう思っての出題だったのだが、Kさんはその真意をずばり感じ取ってくれて、「あの問題で、ああそういう感覚って大事だな。確かに使える」と言ってくれた。
今回の講習も、概ね評判がよかったそうだが、Kさんからも研修のステップとしてどのようなものが必要なのかのヒントが得られたとの感想が寄せられた。
このような専門職が登山研修所にいることを頼もしく思い、彼の言葉を引用したい。
「フリークライミングでハイグレードを追求するのと同様に、実用的に必要かどうかは別にして、自分の現在位置を25000図の上に針で指し示す事ができるようになろうという向上心を(今回研修を受けた指導者たちが)読図においても持ってほしいなあと思いました」
2006年
8月
02日
水
5月末に立山の麓にある文科省の登山研修所で、指導者研修の講師を務めた。僕が受け持った研修日の前日の夜に到着するなり、その日の実技のまとめの場に通された。受講者15人は全員がプロのガイドかそれに準ずるキャリアの持ち主で、誰もがいかにも山男といういでたちであった。自分が講師として招かれたのは場違いなんではないかという不安すら、頭をかすめた。
その日は救助法のロープワークの実技のようだった。用語のほとんどは理解不能だったが、議論の進み方は興味深かった。彼らはすでにその話題を1時間以上議論しているらしく、いくつかの方法についての各自の選好を聞くことで、議論が収束しかけていた。その時地元のガイドをしているTさんが、一般的に知られているセルフレスキューの結び方では、結び目が移動してしまうのではないかという疑問を呈して、議論は再び沸騰した。
最初は、Tさんの意図が通じないようだったので、誰かが実際にロープの切れ端を持ってきて、別の参加者を実験台にしてやってみると、確かに結び目が移動する。下手をすると半分つり上げたところで、上にも下にも動かせなくなってしまう。「『そんなこと分かっとる。それでどうした』っていうんならええんよ。だけんど、それ分かって使っているんかなあ」と、Tさんがいう。問題があるからだめだ、という絶対的な思考ではなく、リスクを承知することで、現実的にそれが回避できるのだ。Tさんはそう考えているように見えた。その洗練された思考過程と田舎っぽい方言(失礼!)とのミスマッチが面白かった。富山県の山岳警備隊が最強として名をはせ、登山研修所が立山にあるバックグラウンドをかいま見た気がした。
同時に、ロープと地図という対象の違いはあっても、自然を相手にする実践の背後には、共通のアプローチがあることも興味深かった。翌日の読図とナヴィゲーションの講習を、彼らはこちらの意図以上に楽しんでくれた。
2006年
6月
27日
火
専務理事をしている日本オリエンテーリング協会で、オリエンテーリング創始40周年パーティーを開くことになった。そこで初期のオリエンテーリング用地図を展示することにした。日頃整理が悪くて、もののありかがよく分からなくなる私だが、地図となると違う。30年以上前の第一回全日本大会から第四回まで、きれいにファイルされていた。実家にいるならいざ知らず、その間7回の引っ越しがあったが、それでもすぐに見つかった。
オリエンテーリング用地図だけでなく、高校時代の地理の教材に使った白地図や小学校4年生の時に学校でもらった神奈川県全図(当時は神奈川に住んでいた)なども、今も手元にある。この神奈川県全図は、小学4年生に配るものとしては、渋い色調のぼかし表現が印象的であった。30年前としてはかなりのできだったことも、手元に残っていた理由だろう。この話を地図エッセイストの今尾恵介さんに話すと、彼もその当時神奈川県に住んでいて、同じ地図を手にして、同様に印象的に思ったという話題で盛り上がった。
ノーベル賞作家の大江健三郎氏が朝日新聞で新しい連載を始めるにあたってのインタビューで、「小説を書くことを思ってもみもしない子どものころ、はじめて出会って面白く思った言葉はその状況ぐるみ覚えていた」と語っていた。彼には言葉の、私たちには地図や風景に敏感に反応する脳の働きがあるのかもしれない。
大江氏には、40周年記念パーティーでの講演を依頼したのだが、残念ながら断られてしまった。断りのはがきの中で「オリエンテーリングは次男の人生にオリエンテーリングはじつに有効な教育となっています。」との添え書きがあった。大江氏の次男は中高・大学とオリエンテーリングクラブに所属していた。その体験をもとにして書かれたのが表題の『キルプの軍団』である。
2006年
6月
23日
金
香港滞在の時に、友人に登山用具店を紹介してもらった。せっかくなので何か買おうと物色していると、シルバの新しいコンパスを見つけた。従来からあるタイプのリニューアルなので、特別な機能がある訳ではないが、リングの周囲にゴムがついていて、リングを回しやすくなっていた。
それよりも発見だったのは、解説である。これを見て、しばらくの間疑問だったカプセル内の赤い度数目盛りの謎が解けた。また、角度設定の考え方が根本的に変わっていたに気づいた。
この解説書によれば、リング内のノースマークを併せるのは「経線」なのだ!ちょっと前まではリング内のノースマークは磁北に合わせることになっていたはずだ。それだけではもちろん、正しい方向に進むことができない。そこにカプセル内の赤い度数目盛りの出番がある。実はこれは偏差修正目盛りなのだ。経線にノースマークを合わせれば、当然偏差があればその分のずれがでる。日本のように西に偏差があれば、この赤い目盛りのWと書いた側に偏差の角度分だけ戻した位置で磁針を合わせる。そのようにして偏差を修正するのが、現在のシルバの考え方のようだ。
これは、1・2・3システムが北欧ではうまく機能するが、他の地域では役に立たないことが多いように、北欧中心の考え方である。実は北欧は偏差がほとんどなく、経線がほぼ磁北に相当しているのだ。だから、実は磁北線と経線の区別自体、あまり意識されていないのかもしれない。しかし、それ以外の地域の多くでは、偏差の修正が必要になる。人間の目は平行かどうかの判断はかなり小さなずれでも容易に検知できるが、7度を指しているのか8度を指しているのかは、かなり意識して目盛りを見ない限り見逃してしまうだろう。小さなずれかもしれないが、本来1・2・3システムが最大限の威力を発揮する場面で、その精度を下げる結果になりかねない。
さらにややこしいのは、オリエンテーリング用地図のように偏差が修正された磁北線が引かれている場合だ。「経線はどこ?」「ノースマークをどこに合わせればいいの?」初心者からそんな疑問が出てきてしまうかもしれない。
この解説書は、日本語も含む14カ国語の解説がついていた。これがそのまま日本に入ってくるのか、日本の実情に合わせた解説書に改訂されるのかは興味あるところだ。指導の現場にいるものとして、注意深く見守る必要があるだろう。
2006年
5月
25日
木
香港といえば、高層ビル、グルメ、ショッピングというイメージがあるが、実は地域の40%がカントリーパークに指定されている、自然豊かな土地でもある。こうした場所では、オリエンテーリング大会も開催され、日本人のオリエンテーリング愛好者の人気の大会ともなっている。
イギリス統治の伝統によるものか、カントリーパークは非常によく整備され、実際歩いている人も多い。イギリス統治の伝統によるものか、カントリーパークは非常によく整備され、実際歩いている人も多い。全長100kmのマクリホース・トレイルでは、毎年11月にトレイルウォーキング大会(トップのタイムからすると当然走っていると思われるが)も開催されている。近年ではトレイルランニングの大会も数多く開催されるようになっているという。
南国的な緑豊かな植生の中を、遠くに高層ビルを眺めながら歩く。その対照的な光景が香港のハイキングの魅力の一つでもある。
長短を問わずたくさんのトレイルがあるが、その多くで道標が完備されている。さらに興味深いことに道標や要所要所にUTMによるグリッド表示がなされている点だ。道に迷ったり遭難した人が助けを求めても、もともと迷うような人は地図が十分に読めないのだから、自分の居場所をうまく伝えることができない。日本でも雪山では、居場所を明確に伝えることができないために、救助隊が出動しながらも救助が遅れて大事に至るケースもある。グリッド表示があれば、確実かつ正確に居場所を伝えることができるのだ。日本でも滋賀県の一部のコースでグリッド表示が示されているという。実際に使う場面は少ないにしても、道標に利用されるようになれば、関心も喚起されるだろう。検討したい情報提示である。