コラム125:橘樹今昔物語

樹今昔物語

 私が古地図(明治期の迅速測図)での街巡りを始めたちょうどそのころ、古くからのオリエンテーリングの友人も古地図を使ったロゲイニングイベントをスタートさせた。名付けて「**今昔物語」。**の部分にはそのエリアの地名が入るのだが、「荏原」だったり、「橘樹」だったりと、古来の郡名が入ってノスタルジアを誘う。名称のとおり、当初は昔の地図(明治期の地形図)と現代の地図の両方が用意され、一般クラスは現代の地図でまわり、地図ヲタククラスは昔の地図でまわる設定になっていた。古地図なのだから、道路も建物も「でたらめ」に近い。それでギブアップして現代の地図を見ると、「一般クラスに格下げ」になる(自己申告である)。

 ところが、回を重ねるごとに、意外と古地図でもまわれることが分かってきた(コラム116など参照)。それ以上に古地図でまわるとその時代にタイムスリップしたような体験が楽しめることが浸透してきた。今回参加した橘樹今昔物語では、ほとんどの参加者は古地図だけで最後までまわってきたようだ。それはそうだ。何しろ原寸大の明治期テーマパークである。その楽しみを放棄して現代の地図を使う理由は見当たらない。もはや「昔物語」である。

 イベント後、両方の地図を初めて見た参加者の多くが口にする感想が、「こんな地図(現代の)じゃ、回れない、飽きる!」。現代の地図は建物と街路が一面に覆った住宅地になっている。街路をいちいちチェックしなければ迷ってしまいそうだ。地図から住宅地をイメージするだけでうんざりする。一方で、明治の地図は等高線で描かれた里山と近郷集落のみのシンプルな内容で、のどかな里山のイメージがふくらむ。イベント中、里山のトレイルの上にいる妄想に包まれる。走り終えた後は、「今日は5時間トレラン愉しんだ!」と本気で思えてしまうのだ。

 今回の「橘樹(たちばな)」は川崎市の北東部、多摩川にそった地域であり、多摩川の平地を望む丘陵地がイベントの舞台となった。宅地開発で大規模の地形が改変されているという印象があったが、高度経済成長期以前の比較的早い段階で小規模に開発されたためか、地形はほぼ残っている。実は古地図ロゲイニングにうってつけの場所だった。

 ポイントは平地を望んだ丘陵上の貝塚や古墳だったりする。もちろん古地図だからアプローチは地図情報だけでなく、風景の展開や知識などを駆使する。古代人ならどこに住みたいか、死後どこに葬られたいかと考えて近づくと、「やっぱりね」という場所にポイントはある。明治どころか縄文時代、古墳時代にもタイムスリップした5時間だった。

 

cp46は子母口貝塚

眺望良好、日当たりよし。貝塚は古代のタワーマンション。


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