6月下旬に国立登山研修所での研修の講師を務めた。ぼくが同所と関わるきっかけを作ってくれたKさんが整置の指導をした時の話しをしてくれた。曰く、登山地図や地形図みたいに大きな地図だと、地図を整置して、それで進行方向を定めてといっても、うまくいかないんです。それで、プレートを使う直進をつい指導してしまうんですよ、と。
確かに大きな地図の真ん中に自分の現在地があって、整置をしても、それだけで進路を正確に維持するのは意外と難しい。オリエンテーリングで整置が進行方向維持のテクニックとしてうまく機能するのも、もともと地図が小さいからだし、その地図をさらに今走っているルートに合わせて小さく折りたたんでいるからだ。さらに体の正面に水平に構える、上からのぞき込む、といった身体技法があればこそだ。その意味で、整置とは地図の持ち方のアイデアではあるが、そのアイデアはこれらの身体技法によって初めて具現化されているのだ。
同じようなことはベースプレートコンパスにも当てはまる。1・2・3は、まっすぐ進むための手順を標準化したものだが、実際にまっすぐ進もうとすれば、3の後にまっすぐ視線を上げて進行方向に目印を定めるという手順が欠かせない。純粋な情報処理活動に見えるルートの読み取りも、目線で確実にルートをなぞるという身体技法抜きには確実性を担保されない。
身体的行為によって知的行為が支えられているという考えは、現代の認知心理学では一つの常識になっている。地図利用スキルの指導は、改めてそのことを思い起こさせてくれる。
GPSの指導方法の検討でも、身体化されたスキルを意識化する必要性を感じた。登山研修所では今、ナヴィゲーションの指導の中にどうGPSを組み込むかで昨年来講師が研修とカリキュラムづくりを進めている。昨今スマホの発達によりGPSの導入は進んでいるが、下手をすれば、「GPSがあれば、地図なんか読めなくても・・・」といった風潮を助長しかねない。国立の研修所ともなればその影響力は大きいので、負の影響を勘案して、慎重になっているのだ。
登山用のGPSはカーナヴィゲーションとは違ってルート情報を備えていないし、ルート誘導機能も限定されている。基本的にはプランニングは自分でやらなければならない。電子コンパス内蔵機種でヘッドアップモードにしても、整置は若干遅れるし、小さな画面では精度が落ちる。それでも講師たちが難なくルート維持ができるのは、地形の特徴や植生についての知識を活用して進路を見いだしたり、多少それても、地表面の様子から逸脱を正確に把握し、目で見ている風景からどちらに進むべきかを判断できるからだ。GPSというハイテク機器も、その効率的利用も、実は身体化されたスキルが支えているのだ。
自分自身の熟達化によって不可視になっている身体技法を意識化し、それを目に見える形で指導場面に持ち込むことが、指導の質を高めてくれる。