2月に4人の知人を事故で失って以来、アウトドアにおけるリスクについて考えない日はなかった。折しも、僕は高所登山家へのインタビューから、彼らのリスクへの対処方略を抽出する研究に従事していた。高所登山家は、掛け値なしに「死と隣り合わせ」の活動をしている。私たちは彼らと同じことは決してできない。しかし、私たちもアウトドアで活動する時、「絶対ねんざしたくない」ではなく、「ねんざくらいは仕方ない」と思っているのではないだろうか。あるレベルまでのリスクは許容しているのだから、リスクの中でそれを制御しようとする彼らのアプローチは示唆的なはずだ。
主要な未踏峰がほとんどなくなってしまった現代の高所登山家は、装備を自ら制約したり、より困難なルートを開発して、不確実さを含むレベルに挑戦を高めることを意識的に行っている。そして、不確実さは楽しみの源となる。
問題は、不確実さの中でどうやってリスクをコントロールするかだ。高所登山家へのインタビューから、彼らが1つの前提と3つのフェーズでリスクを制御していることが明らかになった。一つの前提とは、①自然の中の活動には不確実性が不可避であること。そして3つのフェーズとは、②計画によるリスクの制御、③オンサイト(活動場面の中での)でのリスクの調整、そして④運への気づきによる省察だ。
不確実性の自覚とは、自分が従事している活動の結果が不確実なものであり、損害が希ではあっても起こりえると考えていることに加え、そのような結果は偶発的に発生してしまうことへの自覚である。当たり前のことのように思えるが、活動に際してこのことを明確に自覚できる人はそんなに多くない。この自覚があるからこそ、②と③のフェーズによる不確実性への制御へと意識が方向付けられる。計画によるリスクの制御とは、事前情報や過去の経験などを踏まえ、カタストロフィックな不確実性を回避することである。オンサイトでのリスクの調整とは、活動中に得られる情報によって損害を伴う結果が顕在化する前にその都度対応していくことである。運への気づきとは、たとえ事故がなくても、活動終了後に「あそこでこうなっていたら、重大な事故につながっていた」と思えるひやり・はっとに対して、事故がなかったのは運だと考え、運を制御のうちに置くための対処を進めることだ。
二つのフェーズによるコントロールが必要かつ有効なのは、次の理由による。複雑で曖昧な自然環境の中での活動では、事前にどんなトラブルが起こるかを100%予測することができず、計画だけでリスクをコントロールすることは現実的でない。それに対してオンサイトでは状況が限定されるので、起こりえるトラブルを予測することが容易になるからだ。一方で、オンサイトの判断だけでは、致命的な状態を避けられない。たとえば、裏山なら、雪が降ってきたら家に戻るというオンサイトの判断で十分だ。そこでは寒い・しもやけといった軽度のリスクはあるが、死ぬことはないだろう。だが、高山帯で十分な準備がなければ、雪に降られたら死ぬリスクもある。そうならないためには、事前に十分な防寒具を準備するといった計画的対応が必要となる。事前の計画は、こうした致命的状態に陥ることを回避してくれる。
オンサイトの判断で重要なことは、状況の変化に敏感になることと、そこに介入してシナリオを変化させることができるかを知っていることだ。それは決して、場当たり的な対応とか、いわゆる「臨機応変さ」ではない。
こう考えて見ると、優れたオリエンテーリング競技者がナヴィゲーションの中で行っている行為は、これと同じものだと分かる。彼らは、森の中では思い通りに進路を維持することが難しいと知っている。オリエンテーリング競技では、競技中、ミスに対する「頭の中のベルを鳴らす」ことが重要だと指摘される。これはリスクに直結する状況の変化に敏感になる事だと言える。それと同時に、その場では制御不能のミスを回避するために、事前のプランニングも重視されている。そして、レースが終われば、ミスをした時はもちろん、そうでない時もレースの詳細を振り返り、次につながる教訓を得 る。
ナヴィゲーションはリスク管理、とこれまで漠然と考えてきたが、自然の中でのリスクマネジメントを突き詰めて考えることでその確信はますます強くなった。