一昨年、はやぶさが小惑星イトカワから少量の物質のサンプルリターンに成功したというニュースは憶えていた。「そんな大したことなのかなあ~」というのが、当時の正直な感想だった。
このところ映画化され、書店にいくと数種類の本が平積みになっている。その一冊に目を通して認識を新たにした。映画では「満身創痍」になったはやぶさを、地上の技術者・科学者たちが協力し、工夫して帰還させるところが泣かせどころになっている。工夫が生きるのも、数億キロのかなたにある人工物を、大きさたかだか100mスケールの小惑星にぴったりつける航法上の成功があればこそである。その意味ではやぶさの成功はナヴィゲーションの成功でもある。
手に取った本には二種類の航法上の工夫が紹介してあったが、胆はハイブリッドだ。複数の情報をうまく組み合わせて、地上との通信の30分近い時差という悪条件の中で精度の高いナヴィゲーションを達成したことにある。
まず接近フェーズでは電波航法と光学航法を組み合わせる。光学航法は、巡航ミサイルでも行われている。目標物の画像を解析して、周囲の風景との見え方の関係から軌道のずれを判断し修正する機能である。さらに近づいた近傍フェーズでは、もともとはやぶさが持っている画像解析機能を使ってイトカワの画像から重心を判断しそれを利用して接近する予定だった。しかし、イトカワはあまりにもイレギュラーな形をしている。このため、自律した画像解析は諦め、地上で支援しながら軌道修正を行うこととした。支援の方法が超原始的である。あらかじめ予定された軌道からのイトカワの見えを計算し、その計算結果と実際に送られてくる画像の違いから人間が目で見て修正すべき軌道方向を判断し、軌道修正を行う方法が採られた。
もともと画像解析は人間や動物が簡単にできるのに、コンピュータには非常に難しい。人間なら、対象の見え方の違いから、予定された位置からどのくらいずれているかを判断することははるかに容易なのだ。実際、動物から人間の海洋でのナヴィゲーションに至るまで、見えによる位置決めと修正によるナヴィゲーションは広く採用されている。この項を執筆した技術者は、プロジェクトリーダーの川口さんが「研究者には考えつかない方法ですね」という言葉を「技術者として最大の褒め言葉」と捉えている。多くの動物がほぼ生得的にこうしたスキルを使いこなしていることに不思議さを感じる。