昨年「工場萌え」という写真集が話題になった。「萌え」とは、本来オタクたちが美少女キャラクターに対する恋愛に似た感情を表現するのに使った言葉だが、それを美少女キャラクターとは対極とも言える工場に対して使う言語センスが心憎い。しかし、掲載された写真は秀逸であり、それらを見ていると、工場って本当は美しくてキュートなものなのじゃないかと思えてくる。それに対する感情は「萌え」という言葉こそがふさわしいという気にさせられる。解説もまじめさと遊び心が適度に入り交じっている。工場萌えのためのデートコース案内では、工場鑑賞初心者である彼女をデートに誘う時には、それと悟られないように湾岸線を通って横浜へ向かい三渓園を見た後、ユーミンの「海を見ていた午後」で有名な根岸のドルフィンで食事するという一見平凡なコースが用意されている。しかし、このコース、まずは川崎で工場萌えのメッカJFEの製鉄工場を見たあと、横浜の三渓園では借景に本牧の工場群を見る。根岸のドルフィンから磯子の工場地帯がじっくり眺められる。工場を根っから愛すればこそ思いつく発想だ。
工場のような無機質なものにも「萌え」という感情が成立するとしたら、地形に対しても萌えという感情は成立するのじゃないだろうか。実際、僕が小学校5年生で1:25000地形図をベースに地形模型を作った時、等高線の複雑かつ絶妙なカーブの美しさにほれぼれした思い出がある。世界選手権のための100日以上地図調査に入った三河高原には、花崗岩によって作られる「萌え」地形が随所にあった。斜面にせり出す巨大岩石、急峻な沢を詰めると広がる緩やかな沢底。そこに潜んでいる北欧を思わせる小さな湿地。そこからひょいと登れてしまいそうな稜線。辛い調査を動機づけていたのは、そんな感情だったことに気づいた。
先日の読図講習会の時、アドベンチャーレースの常連Kさんに「地形に萌えるってことありません?」と聞いたら、「最近地図が読めるようになってそう思うこともあります。」と答えた。その後見た広い沢の中にはっきり張り出した低い尾根を見た時、「この尾根萌えるな」と言ったら、かなり年期の入った別の受講生の人が「印象深かった」といってくれた。
講習会だから、役に立つことを教える。だが、僕の潜在的な狙いは「地形萌え」を育てることにあるのかもしれない。