大日岳遭難事故後の文科省の安全検討会の委員になったので、この事故についての勉強をはじめた。事故は冬山の雪崩遭難であり、ナヴィゲーションとは無関係だと思っていたが、調べてみるとそうでもないらしい。
この事故が起こったのは2000年の3月5日。北アルプス大日岳で、雪庇が崩落して文部省(当時)の登山研修所の冬山登山研修会に参加していた学生・講師が崩落に巻き込まれ、このうち二人が死亡した。この事故はその後訴訟になったが、事故検討の過程で、崩落した雪庇がそれまでの常識にはない巨大なものであったことや、雪庇の先端部分ではなく、下部構造の吹きだまりごと座屈するように崩落したことが分かった。
それまでにも雪庇からの崩落は冬山の尾根線歩きの時には注意すべき事項の一つであったが、それはオーバーハングした先端を踏み抜くことによるものだと考えられていた。従って、先端から10mほど離れていれば、十分安全であると考えられていた。実際このパーティはそれを守っていたが、崩落したのは先端から17mも山頂によった場所であり、そこでも山稜まで20m以上の距離があった。つまりこれまで常識的に考えられていた「10m程度先端を回避すればよい」程度では十分ではなく、山稜の位置を正確に把握した上で、その周辺を歩く必要があることが分かったのだ。
この訴訟では、そのように歩くナヴィゲーション方法について、原告側証人からの主張がいくつかなされている。裁判所の判断はなされていないものの、いずれの方法でも、多分10m以内の精度を出すことはできないだろう。たとえばコンパスのバックベアリングが提案されているが、通常のベースプレートコンパスでは誤差3度以内程度の精度を出すのが精一杯なので、10mの精度は出せそうにない。それどころか、登山には十分だと思っていたGPSの精度ですらこの雪庇対策には十分ではない。いったい、自分自身なら何ができるだろう?そう考えると、「ナヴィゲーション・マスター」など遙かかなたのことだ。この事故の勉強で読んだ「雪崩リスクマネジメント」の著者トレンパー(もちろん、雪崩の専門家である)も、その著書を「いつか僕自身、アバランチ・マスターになれればと思う」という言葉で謙虚に締めくくっている。